BIM(ビム)とは?建築ビジネスでの活用法と3つのメリットを紹介
BIMの技術も活用!新国立競技場を作った梓設計とは?
2021.08.22

BIMwork
2021年に開催された「2020年東京オリンピック競技大会」では、新国立競技場が建設されました。その設計には大成建設、梓設計、隈研吾建築都市設計事務所共同企業体が参加しています。
今回は、その中の梓設計にスポットを当てて紹介していきます。
(出典 梓設計 https://www.azusasekkei.co.jp/)
戦後の日本とともに成長してきた梓設計
はじめに、梓設計の歴史と会社概要について紹介していきます。
終戦間もない1946年に開設
梓設計は、創業者の清田文永氏によって1946年に開設された設計事務所です。清田文永氏が大日本航空の勤務を経て開設した当初の梓設計は、清田氏の自宅を事務所に使用するという規模のものでした。そこに清田氏も含めた7名が集まり、合資会社「梓建築事務所」としたのが始まりです。創業時から使われている「梓」の名は凛と立つ梓の木からとられたもので、大らかで雅であり、かつ力がある建築をという清田氏の思いが込められています。
梓設計が現在の社名に改称したのは、1973年に入ってからです。日本は、東京オリンピックが開催された1964年以降は一気に高度経済成長へと変わりました。公共施設を中心に大規模な建築物に携わることが多くなり、梓設計の社員数も300人以上と増えていきました。また、この頃に海外事業部が設置されるなど、少しずつ領域が拡大されて今日に至っています。
梓設計の基本情報
2021年現在の梓設計の本社は、東京都大田区羽田旭町10-11MFIP羽田3階です。資本金は9000万円で杉谷文彦氏を代表者におき、社員数は625人にのぼります。資格者数は、2019年7月18日時点で一級建築士が320名、構造設計一級建築士が17名、設備設計一級建築士が15名、技術士が7名、再開発プランナーが10名、そして建築設備士61名とインテリアプランナーが16名です。また、日本経済団体連合会や劇場演出空間技術協会、鉄道建築協会など35の団体に加入しています(2021年現在)。
経営理念と健康経営への取組
梓設計の経営理念は「質実優美」です。「梓の木のごとく強靭かつ良質で堅実に社会を支え他への優しさを持ち美しい由来を感じる建築(梓設計公式サイトから引用)」というもので、創業者である清田文永氏が梓の木に合わせ見た建築への熱い思い、そして設計者が持つべき作法として大切に受け継がれています。
また、梓設計は、経営理念を実現するために社員一人ひとりが心身ともに健康であることを何よりも大切にしています。「質実優美」な建築物を世に送り出していくには、心も体も健康であることは欠かすことができません。心身が健康であることは社会への貢献になるともに、社員一人ひとりの豊かな人生につながるというのが梓設計の考えです。代表自らが責任者として立ち、会社が一丸となって健康経営に取り組んでいます。
梓設計の主な実績
では、梓設計の主な実績について紹介していきます。
空港設計の草分け的存在
1964年の創業以来、梓設計が大きく関わってきたのは空港の設計です。そのきっかけとなったのは1952年(昭和27年)に進駐軍から一部返還された東京飛行場(後の東京国際空港)で、創業者である清田文永氏が設計に関わり、大きな功績を残しています。東京国際空港に携わって以来、梓設計は空港設計の草分け的な存在として現在にも受け継がれているのです。昭和37年には梓設計初の設計となる小倉空港ターミナルビルが竣工し、さらに昭和44年には福岡第1ターミナルビルが竣工しました。福岡第1ターミナルビルには、日本初となるボーディングブリッジが導入されています。こうした数々の実績から、梓設計は空港設計としてその名を知られています。
(出典 梓設計 https://www.azusasekkei.co.jp/work/view/473)
庁舎など実績は多数
梓設計といえば、NHK放送センターの設計も有名です。竣工は1973年で、翌年の1974年に日本建築学会賞、さらに2004年にはJIA25年賞を受賞しています。他にも、これに関連した実績としてはテレビ東京天王洲スタジオがあります。スタジオの他に大道具用の倉庫やリハーサル室、駐車場やオフィスなどで構成されており、レンタルが可能であるという点も配慮された施設です。テレビ東京天王洲スタジオの竣工は1999年で、2000年に照明普及省、さらに2001年にはBCS賞を受賞しています。
他にも、スポーツ施設や商業施設、医療施設、文化施設や宿泊施設など、梓設計の実績はさまざまな分野に見られます。国内の主要な建造物の多くに梓設計が関わっているといっても過言ではないでしょうね。そして、機能的であり優美な設計は人々の暮らしに溶け込み、大きく貢献しています。
新国立競技場の建設ではBIMの技術も活用
説明したように、「2020年東京オリンピック競技大会」に向けて建設された新国立競技場にも梓設計が参加しています。そして、新国立競技場整備事業プロジェクトチームの設計・意図伝達者の中にはBIM担当者も2名起用されています。新国立競技場の建設にあたっては、当初予定されていたザハ・ハディド氏のデザインが白紙に戻ったことを記憶している人も多いでしょう。実は、梓設計はザハ・ハディド氏によるデザインの頃から設計に参加し、すでに膨大な量の図面を書き上げていました。
しかし、2015年に一旦白紙になったことで、気持ちを一新する必要に迫られてしまいます。そのとき、プロジェクトチームのリーダーがふとしたきっかけで訪れた明治神宮が、新国立競技場の基本コンセプトへのヒントにつながっています。それは2本の御神木だったそうです。御神木のようにしっかりと大地に根ざし、生命感にあふれたスタジアムというアイデアが、新国立競技場のイメージの根本になっています。実際に完成した新国立競技場は、緑と融合した杜のスタジアムとして生き生きとした存在感を放っています。
(出典 梓設計 https://www.azusasekkei.co.jp/team/6/)
戦後の日本を作ってきた重要な企業
新国立競技場の建設に参加した梓設計は、戦後の高度経済成長とともに成長を遂げています。空港をはじめ、国内の大規模な建設に携わってきた梓設計は、戦後の日本を作ってきた重要な企業の一つです。